流通分野で多彩な経験を通してスキルアップ。
「KYOTO TOWER SANDO」創業に結実。

渡邊 恭平 Watanabe Kyohei

2010年入社
経済学部卒
株式会社京阪流通システムズ 京都事業部 副部長 京都タワーサンド館長

現実的な性格で、突拍子のないアイデアを思いつくタイプではありません。既存のサービスや要素を組み合わせて新しいアイデアやイベントを考えることは、大学時代から飲食業のアルバイトで調理やバーテンダーをしていたので、そのときの料理やカクテル作りの経験がヒントになっている気がします。

キャリアパス

  • 2010年
    京阪流通システムズ くずは事業部配属 営業・販促担当 リニューアル内装監理担当。
  • 2011年
    くずは事業部 営業販促担当。
  • 2012年
    PM事業部 ホークスタウンモール担当 営業・販促・設備・オーナー対応担当。
  • 2015年
    京橋事業部 営業・販促担当。
  • 2016年
    企画開発部 京都タワーリニューアル担当。
  • 2017年
    京都事業部 京都タワーサンド 館長。

入社1年目~2年目

配属後すぐに店舗改装担当に。
図面も読めないなかで四苦八苦。

入社1年目に、ちょっと変わった仕事を経験されたようですね。

流通事業を手がける京阪流通システムズに出向になり、てっきりテナント営業や施設全体の販促を担当するのかと思っていたら、くずはモールの入店テナント数十店舗の店舗改装管理を担当してくれと。それも、諸事情から自分たちで入店テナントの設計者との段取りまでやることにしようと。

文系出身ですよね?

そうです(笑)。図面の読み方もわからないし、配管から電気設備、その関連規制についてもほぼまったく知識がないなかで、設計者さんや現場の職人さんたちと調整しながら法規制を遵守いただきながら内装工事を進めてもらえるよう業務を行いました。

よくそれでトラブルもなく…。

それが実はいろいろありまして(苦笑)。オープン前夜、泊まり込みで最終作業の立ち会いをしていたときに、工事区画を覆っていた仮囲いを外したところ、壁の塗装の色合わせができていない箇所が複数出てきまして。

たいへんだ。

後から塗りなおす選択肢もあったかもしれませんが、改装を楽しみにされていたお客さまを、やはり美しい状態でお迎えしたかった。そこで急きょ、現場に残ってくれていた塗装業者さんたちに頭を下げてお願いして、塗りなおしてもらいました。なんとか間に合って、無事にオープンできたときの館の変化と、お客さまの楽しそうな表情は今でもよく覚えています。

そんなちょっと変わった新人時代を過ごされた後は?

2年目から、同じくくずはモールで、年間通しての販促を担当するチームに所属し、大規模な装飾や大がかりなイベントの計画や実施に携わりました。ここで、マーケットや各施策について、分析~仮説~実施~効果検証といったPDCAサイクルを回すスキルを身につけることができたように思います。何より、自分のアイデアを具現化できるところにおもしろさを感じていました。

入社3年目~5年目

関西を離れ、福岡の商業施設を運営。
難しい役回りを務めてスキルアップ。

その後、PM事業部に異動された。

突然でしたね。しかも勤務は福岡という。

九州の?

そうです。そこで、オーナーが外資系の商業施設運営(プロパティマネジメント=PM)を京阪が受託していたので、その担当になりました。

それもまたちょっと変わった仕事ですね。具体的には何を?

商業施設運営に関わるありとあらゆることを担当していました。営業、販促、設備保守管理、総務、そしてオーナー対応まで。販促イベントでは定期的に自ら着ぐるみを着て店頭に立っていました。

なんと!

営業状況が非常に厳しかったので、最低人員で運用しなければならなかったんです。販促イベントも、外注だけでなく自前でも実施していました。それでもなんとか効果を上げようと、行政や他社さんとコラボして、ローコストながら高い効果の出るイベントを考えて実施していました。

お金を使わずに頭を使うという。

そう。あともう一つ鍛えられたのが、視点です。PMの仕事はけっこう複雑で、関係者が多い。オーナー、AM(アセットマネジメント)会社、出店テナント、お客さま、そしてわれわれ京阪。それぞれ求めるところがあって、それが微妙にずれていたり、相反していたりするので、関係者すべてが喜ぶ運営というのは想像以上に難しいんです。

それは確かに鍛えられますね。

関係者それぞれの視点から利害を想定し、最適解を模索する習慣がつきました。みんなが喜ぶのがベスト、不満が出ても最小限にし、京阪にも利益が残る、そんな落としどころを見つけるよう努めました。それで、厳しいながらもなんとか施設を維持させた、そんな3年間でしたね。

入社6年目

長いおつきあいのテナントに賃上げ交渉。
相手方の思いに寄り添って着地点を模索。

その後は?

関西に戻ってきました。京橋事業部に異動となり、高架下、京阪モール、KiKi京橋という、性格の異なる施設の契約更新を担当しました。

契約更新というのは?

各施設に入っているテナントさんとは賃貸借契約を結んでいるんですが、期間満了になると、翌日からは新規契約を結ぶ必要があります。そのための交渉から契約締結までを担当しました。

単に「次もお願いします」ということでは?

そう単純にはいかないんです。長く営業してもらっているテナントさんには、周辺地価の向上などの理由もあり場合によっては賃料の値上げ交渉をしないといけないケースもあります。でも、若い私の話などまともに聞いてもらえず、「上司を連れてこい」と門前払い。それでも「担当は私しかいません!」と食い下がって。話ができても、「前任者はこう言っていた」という大昔の話が出てきたり。

それはやりにくい。で、どうしたんです?

一つだけ思っていたことがあるんです。後にしこりを残すようなやり方だけはやめようと。賃料がどうなったにせよ、契約を交わせば、またテナントさんと京阪の関係は続くわけです。ならば良好な関係でありたい。そう考えて、これまでの経緯やテナントさんの思いに精いっぱい寄り添い、そのうえで双方が納得できる着地点を探しました。それは達成できたかなと思っています。

入社7年目~8年目

京都タワーのリニューアル担当に。
ゼロから「1」を生み出す苦しみを味わう。

そしていよいよ、現在につづく京都タワーのリニューアル担当になられたわけですが、そもそもこのリニューアルはどういう経緯で?

京都タワーの低層階はもう何年も変わらない、古いスタイルの商業施設でした。このままでは資産価値も低くなる一方なので、リニューアルしようという話が具体的に持ち上がった中で、京阪流通システムズが地下1階~地上2階の3フロアを借り上げるかたちでリニューアルをすることになったんです。

なるほど。それで渡邊さんが呼ばれた。いつの話ですか?

対象3フロアが「KYOTO TOWER SANDO」という新名称でリニューアルオープンしたのが2017年4月で、私が異動してきたのがその一年少し前の2016年1月です。

そのころプロジェクトはどこまで進んでいたんですか?

ある意味、ほぼスタート地点というところでしょうか。なので、リニューアルにあたってのコンセプト設定に始まり、ターゲット検討、MD(マーチャンダイジング)設定、リーシング、全体工事監理、内装監理、施設運営ルールの制定、事務所の開設、オープニングの販促まで、一連のすべての業務にメイン担当として携わりました。

それはやりがいがありましたね。

ありすぎるくらいです。新たな施設を一から作り上げるということで、重い責任を感じました。私自身、観光地で土産物を販売する施設を担当した経験がなく、すべて手探り状態での始動です。

で、考えたコンセプトは?

「街と駅」「観光客と生活者」を結ぶこと。地元のお客さまに京都タワーならではのお買い物やお食事の楽しさを新しいスタイルでご提供するとともに、京都のランドマークである京都タワーが、世界中からのゲストに必ず立ち寄っていただける施設になることを目指しました。

そのコンセプトを、どのようにかたちにしたのですか?

1階は京都らしいお土産が集まるマーケット、2階は主に和文化に触れるワークショップ体験ができるスペースとしました。そして地下1階は、ランチやディナーのグルメ、あるいはカフェ・スイーツを味わう食べ歩きが楽しい新業態のフードホールを開業しました。京都ブランドを訴求するために、地場の「隠れた名店」を集めています。

よくこれだけ集められましたね。

そこは苦労しましたね。候補となる何百軒ものお店をリーシングチームが各自足を運んで、食べ、手に取り、体験して選定しました。その後の交渉では、まだ姿がない施設への出店ということで、見せられる実績データもなく、なかなか首を縦に振ってもらえない。大企業から個人商店までさまざまな規模のテナントさんと根気強く交渉を重ねました。

入社8年目~未来

「KYOTO TOWER SANDO」の館長に就任。
2期連続で前年を上回る売上を上げる。

2017年4月、「KYOTO TOWER SANDO」として無事にオープンされ、渡邊さん自身が館長を務めておられるわけですが、オープン後の業績はどのような?

おかげさまで好調です。毎年、前年を超える売上を達成しています。

それはすごい。

特に地下のフードホールは人気が高いです。もともとこのエリアは夜のアルコール供給が足りていないというマーケット分析をしていたので、そこをねらった業態にしたところ、当たった。夜は平日でも観光客や会社員、学生といったお客さまで満席です。飲食業界でも注目されており、よく取材や視察に来られます。

もはや大成功といってもいい。

いろいろ地道な取り組みの積み重ねなんですよ。開業してからも、売場の環境を改善したり、まめに商品情報をメディアに送ったり。テナントさんは売上が伴わなければ「KYOTO TOWER SANDO」から退店してしまい、そうなると雇用の場が失われます。個人商店にとっては影響も大きい。そうならないように最善の策を講じるのは、館長である自分の使命と肝に銘じながら、思考と行動を重ねています。創業が「0から1を生み出す」ことなら、今は、その生み出した「1を少しでも良くする」フェーズ。両方の苦しさを味わうことができています。

「KYOTO TOWER SANDO」の館長が務まるのも、これまでのさまざまな経験があってこそというように思えますが?

まさにその通りですね。すべてが生きていると言っていい。入社後一貫して京阪流通システムズに籍を置いていますが、手がけてきた仕事を考えれば、異動の度に新鮮さを感じるほどの多様性があり、いろいろなスキルを身につけられたと感じています。

最後に、これからやりたいことを聞かせてください。

商業施設の開発は、不特定多数のお客さまが利用されることで、まちに少なからず「変化」を与えられる事業だと考えています。京阪では、それを「沿線」という大きな視点でとらえることができるので、より大きな「変化=影響力」を与えられるチャンスがある。これからも新たな施設・サービスを生み出し、人々に「やっぱり京阪沿線に住みたい!」と思っていただけるようなまちづくりの一端を担いたいですね。

ありがとうございました。