仕事と人に熱意をもって真正面から向き合う。
もがきながら「自分」を貫いてきたワークライフ。

安積 舞 Azumi Mai

2007年入社
法学部 政治学科卒
株式会社京阪レジャーサービス 総務部 マネージャー

白黒つけないと気が済まず、自分が正しいと思うことは誰に対しても物怖じせず意見します。自信満々で強気と思われがちですが、一人反省会を繰り返しては落ち込むような一面も。仕事でのポリシーは、「何事にも妥協せず熱意をもって臨むこと」です。最近の悩みは、仕事人と母親という二足のわらじのうまい履きこなし方。

キャリアパス

  • 2007年
    3カ月の研修後、京阪レジャーサービスに配属され、営業チームに所属。約3年間、アルバイトと一緒に働く一スタッフから現場を統括するリーダーまでを経験。
  • 2011年
    人事部(人材育成)に異動。研修企画・運営(講師を含む)、昇職試験の作成などに携わる。※在職中に2度の育休を経験。
  • 2017年
    京阪レジャーサービスに異動。総務部のサブマネージャー(管理職)に就任し、主に人事関係を担当。2018年度からマネージャーになり、組織のマネジメントに奮闘中。

入社1年目~2年目

ひらかたパークに配属。
アルバイトと一緒に現場業務で汗を流す。

超ひらパー兄さん、大人気のようですね。

おかげさまで。ファミリー層だけでなく、若いお客さまも増えました。

ひらパーの広告がきっかけで京阪を就職先として検討し始めたという人もけっこういるようです。安積さんは、新人時代からひらパーに?

最初の配属が、ひらパーを運営する京阪レジャーサービスの営業チームでした。そこで、アルバイトと一緒に仕事をしながら現場業務を覚えるところからスタートしました。

現場業務というと?

アトラクションの操作以外のほぼすべてです。お客さまのお迎えに始まり、イベントホールの案内、プールの監視員、スケート靴の貸し出し、野外ステージの運営、休園日はメンテナンスということで、セメントを塗ったり高圧洗浄機で掃除をしたり。

そこからなんですね。

そこからです。パークという現場があって、それを運営する現場メンバーに支えられている職場なので。とにかく日々新しいことの連続で、覚えることが山のようにありました。一日も早く仕事を覚えたいという思いから、「指導してください!」と積極的に教えを乞いながら、いろいろなことにチャレンジしていました。

入社2年目は?

2年目は同じく現場の仕事をしながら、少しずつ野外ステージなどの企画を考えるようになりました。この仕事の良いところは、お客さまの反応を通じて、自分の仕事の結果を直接感じられるところです。自分が企画したイベントで、お客さまが楽しそうにされている様子を見ると、やはりうれしいものです。

入社3年目~4年目

どんどん上がっていくポジション。
自分の力のなさを痛感。

その後も現場で?

少しずつ現場を任され始めて、入社4年目には現場を統括するリーダーを務めました。年齢が若いにもかかわらず、上の立場になりましたが、知識も経験も足りないのでうまく務まらない…。

けっこうつらい立場ですね。

それでも拝命した限りはやらないといけないので、理想と現実の差というか、ホールディングス社員としての力のなさを痛感して苦しんでいました。

プロパー社員との関係もあるでしょうし…。

そこが難しいところなのですが、私たちホールディングス社員は、何年かすると異動するので、ともすれば「腰かけ」と見られてしまいます。でも、私は「腰かけ」なんていう気持ちは寸分も持っていなかったので、「自分は皆さんとしっかり肩を並べて仕事がしたい!」「自分はこう思う、こうしたい!」と、ことあるごとにアピールしていました。すると、先輩プロパー社員さんから「安積さんって、なんか良い意味で出向社員らしくないよね」と言ってもらえたんです。

それはうれしい!

本当にうれしかったですね。仲間と認めてもらえた思いでした。パーク運営はチーム仕事なんです。「たぶん」や「だろう」ではだめで、良いこともイヤなことも両方ぶつけあったうえでメンバーが一つになることで、初めてお客さまの笑顔をつくることができるんです。それだけに、うれしい一言でした。

良い経験をされましたね。

仕事をするうえで大切なことも、この時期に学びました。私の仕事人としてのベースは、すべてここで作られたと感じています。

入社5年目~入社10年目

本社の人事部で教育研修を担当。
苦悩、奮闘、葛藤、そして出産。

その後、いったん現場を離れて、京阪ホールディングスの人事部に異動された。

もともと教員をめざしていたこともあって、自己申告書に「いつか人材育成に携わりたい」と書いたら、すぐ異動になったんです。ひらパーの仕事に後ろ髪を引かれながら本社勤務を始めると、現場と本社の違いに圧倒されました。

いったいどんな違いが?

まず席についていないといけない(笑)。ひらパーでは10代から80代までのいろいろな仲間と一緒に働いていたのに、本社にはホールディングス社員しかいない。何より、皆さんの優秀さにまず劣等感を抱きました。

しかし、担当業務は人を教育する立場である人材育成…。

そうなんです。「先生」という存在に対する漠然とした憧れがあったんですが、その職務をまっとうするには、それだけの蓄えが必要だということに気づいていなかったんですね。

自ら教壇にも立たれた?

教育研修の企画と講師の両方を担当していました。最初は人前で話すことに抵抗がなかったのですが、次第に、人に教えることの重要性と、その立場が負う責任を身に染みて感じるようになり…。気がつけば教壇に立つのがこわくなっていました。

大きな壁ですね。どうやって乗り越えられたんですか?

ひたすら、そこに立てる人間に近づけるよう努力しました。人材育成を担当する者として、強い想いと冷静な頭脳、そして人としての魅力を備えた人間になろうと。あとは、仕事の意味について熟考するように心がけました。

仕事の意味?

人材育成って、決まった正解がないんです。でも人は、「これは自分に必要なことだ」と思えなければ、真剣に取り組まないものです。だからこそ人に教えるためには、まず自分が絶対必要と思えなければならないし、その内容について熟知していなければなりません。そんな考えから、すべての物事に対して「なぜ必要か」「なんのためにするのか」という意味を考えるようになりました。

その意味が見つからないことも?

ありましたね。もともと白黒つけないと気が済まない性格なので、そんなときは葛藤に苦しめられました。つらい経験もしましたが、ここで私が新入社員研修を担当した教え子たちが社内にたくさんいて、今でも「安積さん!」と声をかけてくれるのは、本当に育成担当冥利に尽きます。

それと教え子だけでなく、この時期にわが子も?

そうなんです。人事部在籍中に、2度の育児休暇を取得しました。周囲が温かくサポートしてくれたのがうれしかったですね。

入社11年目~現在

ひらパーで仕事と育児を両立。
従業員を笑顔にする環境づくりに挑戦。

6年間を人事部で過ごされた後、再びひらパーに戻られたようですが、これは希望をされて?

ひらパーの現場に戻りたいという思いはあったものの、まだ子どもが小さかったので、「融通が利くところならどこでも」と希望を出していました。すると、「ひらパーにぜひ行ってくれ」と。

育児との両立の件は?

異動前に園長と面談をしたら、「育児の都合などいろいろ考えて、好きなようにシフトを組んでくれたらいいから」と、大変ふところの深いお言葉をいただきまして。

いい園長さんですね。

本当に。まあ、そんなわけで京阪レジャーサービスの総務部にサブマネージャーとして戻ってきました。

久しぶりのひらパーはどうでしたか?

以前とは違った見え方をしたのが新鮮でした。私自身、本社でキャリアを積んだことで、以前は見えていなかったものが見えたり、子を持つ親になったことで、遊園地という空間をまた違ったかたちで体感できるようになったり。

なるほど。で、担当業務は?

ひとことで言うと、従業員がいきいきと働くための環境整備でしょうか。働き方改革、法令遵守、人事制度の見直し、人材育成体系の構築、従業員満足度の向上などなど。やることはたくさんあるのですが、園長からは「お客さまにとって幸福感100%の遊園地であるためには、従業員も笑顔でなければならない」と言われており、そのための施策を考え、実現するのが私の仕事です。

やりがいのあるテーマですね。

だからこそ難しいですね。どれも一筋縄ではいかないものばかりです。世の中の規定や法令に沿ったものにするだけでなく、自社の特性や従業員の実態を考慮して、「適正な落としどころ」を見定めることによって、ちゃんと「活きる」あるいは「活かしてもらえる」制度にしたいと考え、知恵を絞っています。

未来

周囲のみんなを幸せにする、
子どもに誇れる仕事がしたい。

これからのことを聞かせてください。

子どもに誇れる仕事をしていきたいです。今の仕事は子どもが大好きなひらパーを守る仕事なので、「ママの仕事の結果=(みんなが)楽しいひらパー」というわかりやすい構図で、子どもなりに理解し自慢もしてくれているようですが、たとえ所属が変わってもこれだけはゆるがない軸として持っていようと思います。

そのためには?

自分、一緒に働く仲間と家族、そしてお客さまが、それぞれみんな幸せを感じられるような仕事をすることですね。同じ仕事をするなら、やっぱりやりがいや意義を感じながら、自ら「やりたい!」と思って仕事をするほうが幸せだと思います。それができれば、家族やお客さまも幸せにすることができる。そのためのきっかけづくりに自分がかかわることができたなら、こんなにうれしいことはないです。

最後に、将来の仲間になるかもしれない学生たちにメッセージをお願いします。

私はもともと能力もスキルも人より秀でたものは何もありません。でも、仕事にも人にも熱意をもって、妥協せず真正面から向き合うことをひたすらつづけてきて、ここまできました。それは、きっとこれからも変わらない私の生き方。仕事を選ぶということは、どんな人生を歩みたいかを考えることだと思います。私は、仕事を人生の片手間ではなく、人生を構成する大切な要素の一つとして考え、情熱をもって取り組める人と一緒に働きたい。それが私からのメッセージです。

ありがとうございました。