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こころまち つくろう 活動レポート

[こころまちつくろう 活動レポート Vol.13]受け継ぎ、そして生まれ変わる

延20万人の作業員がつくりあげた、大阪府下最大級の商業施設。

2014年3月12日に大阪府下最大級の商業施設に進化した「KUZUHA MALL」。この京阪グループ一大プロジェクトにオープン間際まで尽力してくださったのが、数々の商業施設を完成させてきた株式会社竹中工務店の方々です。同プロジェクトへの「思い」について、現場で指揮を執られた大阪本店作業所建築1グループ長・西澤さん、同建築2グループ長・河合さんにお話をうかがいました。西澤さんが解体工事および本館増築・既存改修を、河合さんが南館新築を担当されました。

今回の「KUZUHA MALL」のリニューアル工事は、竹中工務店大阪本店でも注目の工事だったそうです。大阪本店が2013年に携わった案件の中で同プロジェクトは最大級。規模が大きい一方、「樟葉駅前で交通量が多く、近隣には商業施設が建ち並ぶ」という立地条件から、各工程において細やかな配慮を要する案件でもあったそうです。

「私は2012年の夏から作業所を任され、リニューアルに際して取り壊さなければならない部分の解体工事を指揮していました。解体時は騒音・振動・粉塵が発生するため、近隣の商業施設への影響を出来る限り少なくするよう工夫しながら工事を進めました。また、すぐ横を京阪電車が通るため通常の工事以上に飛散・落下防止に気を使いましたね。」(西澤さん)

「周辺交通量が多いことは分かっていましたので、一般交通への影響が最小限となるよう、工事車両の搬入時間や台数を調整しながら日々の工事を進めました。その結果、特に大きな問題もなく進めることができました。しかし、周辺には商業施設の他に、マンション、戸建て住宅、大学などがあり、作業時間、騒音、匂いに関しても配慮しました。」(河合さん)

特に思い出深いのは、旧3000系車両(テレビカー)の搬入。

お話を聞けば、ピーク時には1日約1,500人もの作業員の方々が今回の工事現場で働いていたのだとか。

既存施設が営業を続ける中、本館の増築と改修、そして南館の誕生に向け、工事は着々と進められていきました。
中でも南館を担当されていた河合さんにとって特に思い出深いのは、同館1階に設けられた京阪電車のミュージアムゾーン「SANZEN-HIROBA」への旧3000系特急用車両「テレビカー3505号車」(以下「旧3000系車両」「テレビカー」)の搬入だったそうです。

「後にも先にも、鉄道車両を建設中の作業所に搬入することはないでしょう。昨年の6月14日の夜中に寝屋川車庫から旧3000系車両を50tトレーラーで運び込み、建物中央部に設置しました。掘削・基礎躯体工事、地上鉄骨工事を工程通り進めつつ、搬入日が約1か月前に決まっていましたので、それに向けて着々と受け入れ準備も進めました。50tトレーラーは全長約30mと相当な大きさだったため、搬入準備を含めた期間、周辺工事をストップせざるを得なかったのが工程上きつかったですが、今となっては良い経験です。展示中のテレビカーを見ると、苦労が報われた気がし、貴重な経験をさせて頂けたことにとても感謝しています。」(河合さん)

「営業を中断せずに工事を行う」というのがこの工事の大きな特徴。

一方、西澤さんは約1年半、ずっと本館「ハナノモール」の増築と「ミドリノモール」の改修を担当され、オープンまで休まず営業していた「KUZUHA MALL」の影の立役者。営業中の店舗や買い物を楽しむお客さまの動線に影響がでないよう配慮しながら工事を予定通り行うというミッションを、見事にこなされました。

「『営業を中断せずに工事を行う』というのがこの工事の大きな特徴でもあったので、当初から、お盆や年末年始の商戦時期は改修工事を大々的には行わず、オープン直前の短期間に一斉に工事を行う計画としました。営業を中断せずに無事工事を終え、お約束通りにお引き渡しできて、胸をなで下ろしています。長い間この街にいましたから、この街に愛着が湧いてきました。落ち着いたら、家族を連れて買い物に来ようかと思います。」(西澤さん)

決して表舞台に立つことはありませんが、お二人の「良い商業施設をつくりたい」という強い思いが新しい「KUZUHA MALL」を生み、この街の魅力をさらに高めることになりました。

そして、彼らが建設に奔走していたのと同じ時期、もう一人、情熱をかけてアイデアを巡らせていた方がいらっしゃいます。

南館「ヒカリノモール」1階に完成した京阪電車初のライヴ感溢れるミュージアムゾーン「SANZEN-HIROBA(さんぜんひろば)」。空間デザイン・企画を担当されたのが株式会社丹青社のデザイナー・高辻さんです。高辻さんは生まれた頃から京阪沿線に住み、京阪電車を利用していた根っからの「おけいはん」だったそうです。自身の思い出が詰まった「KUZUHA MALL」に誕生する「SANZEN-HIROBA」のデザイン担当に指名されたときは、とてもやりがいを感じたそうです。

「新しくて、懐かしい」。
京阪と人々の思い出が詰まった場所に。

「特に子どもの頃はよく、『くずはモール街』を利用していましたね。とても思い出深い場所です。10年前まで駅前にあったD51機関車のある汽車のひろばの風景も懐かしく思います。京阪沿線で暮らして、この街の歩みを一人の生活者として見守り続けてきた分、『街とくずはモールが歩んできた歴史、そしてつくりあげられてきた文化を継承した空間にしたい』という強い思いがありました。」

高辻さんと京阪が共に作った「SANZEN-HIROBA」のロゴマーク

「SANZEN-HIROBA」はその名の通り「燦然」と輝くイメージを持ち、そして電車の持つ疾走感をモチーフに設計された空間。同時に、くずはの街と京阪電車が歩んできた歴史・文化を融合させた仕掛けが随所に見られます。それを象徴するデザインの1つが、高辻さんが「トリビアバー」と名付けた壁際のラインです。ただのデザインではなく、京阪電車の歴史が学べるように壁の各所に情報が掲載されています。また、高辻さんと京阪が共に作った「SANZEN-HIROBA」のロゴマークも、かつて1972年にこの地に誕生した「くずはモール街」のロゴマークをアレンジして制作し、「くずはモール街」の六角形がモチーフのオブジェも各所にあしらわれています。

「新たに完成する広場ではありますが、まだ幼い子ども達には『新しい発見』が、そしてそのご両親や祖父母の方達には『懐かしさ』を感じてもらえる場所になることをめざそうと。さらに、『京阪電車というものを媒介にして、世代を超えてこの空間でコミュニケーションを取れるようなものが良い』と考え、さまざまな企画を実現していきましたね。」

「SANZEN-HIROBA」に入って、まず目をひくのが実際に走行していた旧3000系車両、通称「テレビカー」。京阪電車車両部の手によって、当時の姿に限りなく近づけたテレビカーは、南館「ヒカリノモール」の中でまさに燦然と輝いています。そして、その次に圧巻なのは広場内の「レイルゾーン」と呼ばれる場所にある「京阪沿線ジオラマ」。これも、高辻さんをはじめ丹青社の方々の思いが詰まった力作なのだそうです。

「7.5m×2.9mの長方形の中に京阪電車の魅力をどう詰め込むかずいぶん考え、京阪電車のみなさんとも何度も話し合ってレイアウトしていきましたね。ジオラマ内を走る電車を動かして楽しんでいただきたいとも思いますが、よく見ると、さまざまな『ツッコみどころ』を見つけられるのも私達なりのアイデアなんです。例えば男山ケーブルの山上の男性の姿だったり、京橋を歩くおばちゃんの服装だったり・・・。細かなことは内緒です(笑)。ぜひ、実際に探してみてください。」

お客さまを喜ばせるための工夫や細部へのこだわりは、京阪電車に愛着を持ち、この街に親しみを抱く高辻さんだからなせる仕事。最後に、高辻さんが思う「KUZUHA MALL」の未来像についてもお聞きしました。

「『KUZUHA MALL』は他の商業施設と違って、昔あったお店がずっと営業されていたり、かつての姿が随所に『思い出』として残されている所が素晴らしいと思います。培った歴史・文化を大切にしようとする思いが、施設のオリジナリティにも繋がっている。京阪電車の方々は『記憶の継承』という言葉をよく使われていますが、まさに、人々の記憶の継承がなされて、今回の『KUZUHA MALL』がリニューアルされるのだなと感じました。この先もずっと、思いが継承され、人々に愛される場所であって欲しいと思います。そして、そのお手伝いをさせていただけたことをとても誇りに思います。」

———3月12日に待望のニューアルを果たした「KUZUHA MALL」。1972年に「くずはモール街」がオープンしてから40年余り、「KUZUHA MALL」は京阪沿線に住むお客さまの生活を支え、親しまれる商業施設として成長してきました。そして10年後も、20年後も、地域に暮らす人々や京阪電車の思いが詰まった場所であり続けることでしょう。